八鶴湖の水ぜんぶ抜く
地元の人は見慣れた景色ですが、6月の八鶴湖は湖水を放流し、干上がった状態になります。水質浄化活動のために、湖底を天日に干して晒し、乾燥するという光景も見慣れましたが、初めて八鶴湖の水がなくなったのを見たときはたいへんショックでした。
八鶴湖に水を蓄えたり、放水したりという現在のようなサイクルが始まったのは2008年4月の「八鶴湖浄化プロジェクト会議」による放水実験からでした。勿論、長い歴史の中では古くはこうして水を放ち、湖底を清掃した頃もあったそうですが特に昭和62年に浚渫(しゅんせつ)工事をして護岸を固め、遊歩道を建設してからは見ることもなかったそうです。
戦後、夏場の水質の悪化によるアオコ発生と悪臭に悩まされてきた八鶴湖では、それまでも曝気筒を設置した時代があったり、市民が炭を沈めて浄化活動をした時代があったりしたそうです。さまざまな方策が取られる中で長年の土砂流入により水深が浅くなり、夏場の水温上昇時にアオコが発生すると考えられるようになったといいます。
最初の放水実験のとき、久しぶりに水門を解放して8割がたの湖水を放流し露出された湖底を見ると、なんとゴミが多かったことか。投げ込まれたビン・缶は勿論、ヘドロまみれになってパソコン、ベンチ、自転車などおよそ想像もつかないものが次々と発見されていきます。数ヶ月かけて湖底を天日乾燥し、人が歩ける程度に固まったあたりで市役所の職員や学生、かけつけた市民らで粗大ゴミの清掃作業が実施されたのでした。
それから3年、八鶴湖では毎年水を入れたり抜いたりするようになりました。投げ込まれるゴミの量も激減し、やがて湖底に眠っていた何十年も前の植物の種子と思しきものが次々に発芽し、思いがけず多様な生き物の宝庫が蘇ってきました。
2012年、市と市民団体、経済団体が協議して「八鶴湖会議」が開催され、向こう3ヵ年に渡る一部浚渫をする計画が立てられたそうです。その年のある週末の八鶴湖では、さっそく湖底の土を掘り出すために持ち込まれたショベルカーを背景に、ボランティアによる湖内の清掃除草作業が行われていました。湖水の風景もさまざまな人の取り組みによって少しずつ変化していきます。