最福寺と日吉神社

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 八鶴湖に面して佇む古刹最福寺は、大同二年(807年)、伝教大師最澄によって背後の鴾ヶ嶺山頂の山王大権現とともに創設されました。その後六百七十年経った文明十一年(1479年)に日蓮宗に改修されました。以来しばらくの間、最澄の最の字を改め西福寺と称しましたが、戦後になって昔の最福寺の名に戻したそうです。
 いっぽう、山王大権現は嘉慶元年(1387年)に現在の場所に遷座され、明治始めに社名を日吉神社と改め、鴾ヶ嶺の社のほうは古山王神社として現在に至っています。日吉神社は慶長十八年(1613年)に東金御殿を築いた徳川家康も参拝し武運長久を祈願したとされており、社殿は元和元年(1615年)に東金代官高室金兵衛によって建立されました。神輿が山車や屋台とともに氏子地域を巡幸する華やかな「日吉神社大祭」は、寛文三年(1663年)に初めて行われて以来の祭歴といわれています。
 最福寺は上総十ヶ寺の一つで、家康公より三十石の寺領を授かった「御朱印寺」でもあります。本堂は、元禄十六年(1703年)から六年の歳月、人夫一万余人を費やして八鶴湖畔から現在の場所に移して建立されました。その時本堂に使われた四十二本の丸柱は、江戸浅草の観音様の古材を譲り受けたものと伝えられています。本道へと続く坂の途中には、鷹狩りに訪れた家康公と当山第七世日善上人が対談する模様を描いたブロンズ像があり、登りきったお堂には見事な大黒像が祀られています。また、鐘楼堂の手前には長唄で有名な「切られ与三郎」の墓所もあります。
 日吉神社参拝の折には、時間のある方は八鶴湖畔最福寺脇の駐車場に車を停めて、観光協会案内所そばの大鳥居を抜け、切り通しを登って歩いて行くことをオススメします。

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