「お竹取りの神事」

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石橋山の戦い(1180)に敗れて安房に逃れた源頼朝公が、白幡八幡神社(山武市)を参詣した際に白旗と15本の矢を奉納して武運長久の祈願をしました。やがて、その後すべての戦に勝利した頼朝は将兵300騎を引き連れて再びこの神社にお礼参りに訪れて、社殿と神宝を寄進しました。この神社では祭礼を催し、以来絶やすことなく源氏のシンボルである白旗を掲げているそうです。

それから数百年経ったある日、鷹狩りに訪れた徳川家康公が、御成新道(いまの砂押県道)を通ってこの神社を訪れました。そこで、背の高い竹ざおに結ばれた白い旗が翻っていたのを見た家康公はその由来を尋ね、源頼朝ゆかりの逸話を聞かされます。頼朝を崇拝し、その行動から多くを学んだという家康はこの逸話に感激して、「祭礼の時は東金御殿のある山の竹を奉納しよう。遠慮なく取りにくるように。」と約束しました。

白幡八幡神社の社殿はその後焼失し、現在のものは約50年前に再建されたものですが、この「家康公の御約束」が今でも氏子の間に伝わっています。旧暦9月7日の祭礼の日には、当番が身を清めて上着(保存会の法被)下着(ステテコ)を着用し、東金・御殿山から切り出された姿のよい竹を神社まで運びますが、これを「お竹取りの神事」と呼んでいます。

東金市ではあまり知られていないこの神事も、山武市では文化財に指定されています。神社では厄除けを祈願するために、この「御神竹」に伝統の「いさりばた」で織られた八幡宮の御旗を結びつけます。また、祭礼の日には頼朝の将兵の接待に出した「あげ飯」を再現する行事も行われています。

※2022.5現在、御殿山は先の大型台風による倒木などにより入ることができなくなっています。

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